白い参拝記 ■東京都【23区】
FC2ブログ

石川神社 【石川町1丁目】

■主祭神 : 天照大神 白山姫命
■創建 : 正保年間(1644~1648)開村以来の鎮守

東急大井町線『大岡山駅』から南西300メートル、東京工業大学の南西に隣接する形で鎮座しています。駐車スペースはありません。南千束のコインパーキングに停めて参拝。

tk34_01tm.jpg
神社入り口。この看板がないと大学の敷地内かと思ってしまいます。

tk34_02tm.jpg
神社全体像。

tk34_03tm.jpg
神社名額。

tk34_04tm.jpg
拝殿から境内を眺める。

tk34_05tm.jpg
末社。稲荷神社でしょう。

tk34_06tm.jpg
神社前の通りは坂になっていて「神明坂」とあります。かつて神明神社であった事が伺えます。

『風土記稿』石川村の頁より。
白山社
除地三畝三歩 村の南 村民孝右衛門がかまえのうちにあり 土人歯痛を患るとき祈て験を得るといふ 鎮座の年代傳はらず

神明社
村の南にあり 此地の鎮守なれとも 至て小祠なり


かつては神明社が石川村の鎮守で、現在では歯痛に効く神様と言う事はこの二社が合併した神社と言う事でしょう。

参考 :
雪谷八幡神社公式Webサイト「石川神社
『新編武蔵風土記稿』

白山神社 【東嶺町】

東急池上線『久が原駅』から西に200メートルの環八通り沿いに鎮座。本殿裏の駐車スペースは月極め?のようなので駅近くのコインパーキングを利用。

tk35_01tm.jpg
神社入り口。

tk35_02tm.jpg
拝殿。

tk35_03tm.jpg
神社名額。

tk35_04tm.jpg
拝殿の中を覗いてみる。

tk35_05tm.jpg
拝殿から境内を眺める。すぐ目の前が環八です。


白山神社 【西六郷2丁目】

京急本線『雑色駅』から西北西400メートル程、JRの線路を越えた辺りの位置に鎮座。隣に薬王寺という寺院があります。近所のコインパーキングに駐車して参拝。

tk36_01tm.jpg
神社入り口。

tk36_02tm.jpg
鳥居。

tk36_03tm.jpg
拝殿。柵があるため中を覗く事は出来ません。

tk36_04tm.jpg
神社名額。

tk36_05tm.jpg
拝殿から境内を眺める。

tk36_06tm.jpg
境内社、正善坊稲荷。

『風土記稿』町屋村の頁に現在でも隣接する薬王寺の境内社として二社の白山権現が登場します。これらが神仏分離で離れたのでしょう。
薬王寺

白山権現社
境内に入て右の方にあり 二間四方の社なり 此権現は霊験の聞えありしにより別に除地三畝あり 又社領として古より免田三畝ありと云う

白山権現社
是も同邊にあり 小祠


参考 : 『新編武蔵風土記稿』

氷川神社 【赤塚4丁目】

■主祭神 : 素盞嗚命 藤原広継命
■創建 : 長禄元年(1457)

東武東上線『成増駅』北東1キロ程の位置に鎮座。この日は成増駅前のコインパーキングに駐車し自転車で参拝。神社周辺は道が狭い為、車での参拝には向きません。

tk38_01tm.jpg
神社入り口。

tk38_02tm.jpg
参道がとても長いです。

tk38_03tm.jpg
朱い二の鳥居と境内入り口。

tk38_04tm.jpg
拝殿。

tk38_05tm.jpg
境内社。

tk38_06tm.jpg
その中の白山神社(祭神:伊邪那岐命・伊邪那美命)

tk38_07tm.jpg
神社案内板。

当社は後花園天皇の長禄元年(1457)に武州赤塚城主千葉自胤が武蔵一の宮氷川神社より後分霊を勧請したものである。藤原広継命の奉祀については勧請不詳である。
鎮座後しばらくの間社殿廃頽してたのを安政4年正月氏子の協力によって本殿を再建し、明治14年8月拝殿を新築した。更に昭和52年4月現在に拝殿に改築された。


千葉自胤といえば、菩提寺が赤塚8丁目にある松月院ですが、松月院の門前にかつて神明白山神社を祀る塚があったと言います。また、自胤の伯父にあたる千葉胤直は今戸に白山比咩神社を勧請した人物でもあるので千葉氏と白山社は何か関係あるのでは?と、こじつけ的に思ったりしました。

参考 :
『いたばしの神社 文化財シリーズ 第36集』
/板橋区教育委員会事務局社会教育課文化係(1981)

烏山神社 【南烏山2丁目】

■主祭神 : 白山比咩大神
■創建 : 不詳

京王線「千歳烏山駅」東側300メートル程の位置に鎮座。神社周辺は道が狭いので駅周辺のコインパーキングか駅から徒歩の参拝が良いです。

tk21_01tm.jpg
神社入り口(東側)

tk21_02tm.jpg
扁額が脇に置かれています。

tk21_03tm.jpg
拝殿。

tk21_04tm.jpg
神社名額。かつての社名「白山宮 御嶽宮」とあります。

tk21_05tm.jpg
拝殿から境内を眺める。

tk21_06tm.jpg
神社入り口(北側)

tk21_07tm.jpg
北側の入口から出ると隣接の医王寺念仏堂・薬師堂があります。

tk21_08tm.jpg
神社案内板から由緒を抜粋。
当社創立年代及び古代由緒沿革等は不詳ではあるが、古来烏山村の鎮守社は御嶽神社と伝えられ、江戸幕府の行った大検地の元禄検地帳に「白山権現社地 三反二畝二八歩(988坪)村持ち」とあり、江戸末期の嘉永3年(1850)に御嶽神社を白山権現社に遷宮合祀したのとの記録もあり、古くから白山様として烏山はもとより近隣の鎮守として広く信仰を集めている。
明治6年には村社となり、明治40年には神饌幣帛料供進指定社となる。
大正7年には社殿、幣殿、拝殿、水舎、北門鳥居等の大改築が行われ、昭和7年白山御嶽神社の社号認可。昭和37年には町民氏子の大同協和をはかり、町内の神明社、稲荷社、天神社を合併合祀し、又従来の白山御嶽神社を烏山神社と改称する。


相棒
カテゴリ
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
プロフィール

横稲荷 稲蔵

Author:横稲荷 稲蔵
埼玉を拠点に、やみくもに白山菊理媛を追う男。歴史が苦手なくせに神社ブログを立ち上げる身の程知らず。