白い参拝記 太田神社 【久喜北1丁目 (旧野久喜字丸島)】

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太田神社 【久喜北1丁目 (旧野久喜字丸島)】

■主祭神 : 火雷神・大己貴命
■創建 : 不詳

『久喜駅』から北へ500メートルの住宅地に鎮座。周辺は道が狭いので駅周辺でパーキングを探して徒歩で来るのが良いかもしれません。

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神社入り口。

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拝殿。

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拝殿を近くから。

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合祀記念碑。

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境内社、白山社。

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白山社の中を覗くと石柱が二本。石燈籠のようです。刻まれた文字を読むと、

「白山宮 武州久喜領主

奉寄進 石燈籠

享保六辛丑年 九月吉日 藤原氏■(最期の字が読み取れません)」


鎮座地の野久喜は、青毛掘川右岸の低地に位置する農業地域で、古くは久喜本町・久喜新町・古久喜村と共に久喜町を形成していたがいつのころからか分立したという。その鎮守として祀られてきたのが、火雷神を雷神とする雷電社であり、明治初年には同じ村内にあり、大己貴命を祭神とする千勝社を合併し、雷電千勝社となっていた。当社の本殿が二間社流造りになっているのはそのためである。
野久喜の鎮守であった当社は、明治6年には村社となったが、政府の合祀政策に従い、明治40年に野久喜・古久喜両大字の地内にあった諸社を合祀する事になった。この時合祀された神社は、野久喜からは字上宿の稲荷社、字香取の香取社、字出来野の青滝社の無格社三社、古久喜からは字丸島の稲荷社、字本田の白山社、字出来野の女体社、字中島の浅間社、字本田の浅間社、字市ノ坪の神明社の無格社6社及び字出来野の村社女体社の計10社にも上り、そのほとんどが今では跡地も宅地などになり、社のあった痕跡もとどめていない。
この合祀によって社号を雷電千勝社を太田神社に改めたが、その社名は、かつてこの地域が太田荘と呼ばれ、明治22年の町村合併で古久喜・野久喜・青毛・栗原・吉羽・西野6ヵ村が合併して太田村と称していた事に由来し、当時の村長が命名した。このような経緯を経て、当社は現在の様な形になったのである。

以前、県立図書館の久喜市の郷土資料で字本田の白山社は合祀されて無くなった後も現地の人はお祭りを続けていると書いてありました。文献を失念したため詳細は分かりません・・・。

参考 : 『埼玉の神社』


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横稲荷 稲蔵

Author:横稲荷 稲蔵
埼玉を拠点に、やみくもに白山菊理媛を追う男。歴史が苦手なくせに神社ブログを立ち上げる身の程知らず。

 
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