白い参拝記 桶川稲荷神社 【寿2丁目 (旧桶川字欠折)】

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桶川稲荷神社 【寿2丁目 (旧桶川字欠折)】

■主祭神 : 宇迦御魂命
■創建 : 嘉禄年間(1225-27)

JR高崎線『桶川駅』から北東に500メートル程の位置に鎮座。駐車場が併設されています。

公式サイトのデザインが凄い・・・。いきなりMIDIが鳴ったりするので注意してください。90年代後半にこんな個人サイトをよく見かけたような気がします。
桶川稲荷神社公式サイト

そんなサイトとは裏腹に奇麗にまとめられて、細部までこだわりを感じる素晴らしい神社。

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神社入り口。

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拝殿。

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まだ新しいお稲荷さん。

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境内社、琴平社・八雲社・阿夫利社

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日本一重い力石。三ノ宮卯之助も持ちあげたそうです。

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神楽殿として使用されている白山社。

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元の鎮座地と言われる西ノ裏(西主裏)は今の桶川駅あたりでしょうか。その西側に白山という字もあったようなので駅、もしくは駅の西側位にあったと思われます。

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神社案内板。

社伝によると、嘉禄年間(1225-27)の創建で、桶皮郷(現在の桶川市と上尾市にまたがる地域に比例される)の惣鎮守として奉斎し、神体として宝剣を祀った。
(中略)
別当は倉田村明星院の末寺であった南蔵院で、『風土記稿』桶川宿の頁によれば、当社の他に、宿の鎮守神明社と白山社も南蔵院の持ちであったが、当院は稲荷山南蔵院延命寺と号していたことから、当社とのかかわりが深かった事が推測される。
明治初年の神仏分離を経て、当社は明治6年に村社となった。一方、宿の鎮守であった字西ノ裏の神明社は無格社となったため、明治40年に字西ノ裏の白山社・字浜井の若宮社・字牛久保の稲荷社の三社の無格社と共に当社に合祀された。この時、字西ノ裏から白山社の社殿が当社境内に移築され、以後神楽殿に使用された。


参考 : 『埼玉の神社』

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横稲荷 稲蔵

Author:横稲荷 稲蔵
埼玉を拠点に、やみくもに白山菊理媛を追う男。歴史が苦手なくせに神社ブログを立ち上げる身の程知らず。

 
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