白い参拝記 諏訪神社 【畔吉字本村】

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諏訪神社 【畔吉字本村】

■主祭神 : 建御名方命
■創建 : 不詳

上尾丸山公園の北側駐車場から北へ500メートル程の位置に鎮座。近隣の神社を合祀した畔吉地区の総鎮守で立派な造りとなっています。神社東側に駐車場があります。

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神社入り口。

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拝殿。

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本殿。

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本殿前にある合祀記念碑。明治22年に旧大石村大字畔吉の8社を合祀しています。碑の裏に合祀前の所在地が刻まれていましたが、白山神社は字東原の畔吉集会所からファミリーマート前の交差点の中間地点くらいにあったようです。

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末社。

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平成9年に竣工した社殿修復記念碑。

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拝殿から境内を眺める。

余談ですが、参拝中になぜか某新興宗教の勧誘にあってしまいました(笑
しかも境内に堂々と駐車して近所にも勧誘しに歩いていきました。他宗教の神殿に駐車して布教活動とは全く大胆なものです・・・・。(境内に駐車している車のステッカーを見れば感の良い人なら何の宗教か分かるでしょう。)

創建年代は明らかでないが、口碑によれば、当社は元々江戸期に名主を務めた井原氏の氏神であったという。当村が所属した石戸領の惣鎮守は川田谷村の諏訪神社であることから、その分霊を勧請したものとも考えられる。『風土記稿』によれば、井原家の先祖は井原土佐守政家と名乗り、岩槻城主太田氏房に仕え、天正18年(1590)の落城に伴い、当地に逃れ土着したというが、徳星寺蔵の文書に落城前に居住していたとする記録もあり、土着の時期は判然としない。『郡村史』によれば、当社は、寛保元年(1741)に時の当主井原弥市により徳星寺に附され、以来徳星寺が別当となった。徳星寺は弘仁年間(810-824)に弘法大師により開基されたとする古刹で、永禄6年(1563)に宗旨を真言宗から天台宗に改めた。
神仏分離後、当社は無格社となり、明治15年8月26日に本殿が再建された。明治22年には当村は大石村の大字となり、明治40年四月25日に字中の村社氷川神社を始め同大字内の9社を合祀し、村社に昇格した。


参考 : 『埼玉の神社』

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横稲荷 稲蔵

Author:横稲荷 稲蔵
埼玉を拠点に、やみくもに白山菊理媛を追う男。歴史が苦手なくせに神社ブログを立ち上げる身の程知らず。

 
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