白い参拝記 白山神社 【原市字廿番耕地】

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白山神社 【原市字廿番耕地】

国道16号と県道50号が交差する「原市(中)交差点」から東へ500メートルの位置に鎮座。入り組んだ住宅地の路地の隙間に鎮座しているので公園を含め広い神社なのに見つけづらいかもしれません。車での参拝には不向きです。

参道の分かりにくさとは裏腹に広々とした敷地の神社。隣接する公園でも子供たちが遊んでいました。

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神社入り口。民家の陰に隠れているのでうっかり通り過ぎてしまいました。

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鳥居。
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拝殿。

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本殿。

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整備された綺麗な境内。

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神社の近くを歩いているとふと電柱のプレートが目に付きました。電柱の名前には昔の地名が使われていたりするので面白い発見が良くありますが、この辺りには「白山」と呼ばれた場所があったということでしょうか。

鎮座地の原市は、江戸初期には原宿とも称し、岩槻から桶川へ向かう道を軸にして、菖蒲への道、大宮道、幸手道、上尾道などが交差する交通の要衝であった。『風土記稿』によれば、地名の由来はかつて吉野領原村の内であった当地に市が立ったことによるという。
社殿の傍らにそびえる神木の欅は、樹齢300年とも言われる古木でその見事な枝振りは、境内の神さびた雰囲気をいっそう際立たせている。口碑によれば、創建は江戸初期に布教に来た白山の修験者が、越前加賀一宮白山比咩神社の分霊を、当地に祀ったことによるという。先に記した街道のうち幸手道は日光街道の脇往還で、白山の修験者は、この道筋を通って当地を訪れ、村人たちに白山比咩大神の神徳を説いたのであろう。
別当の妙厳寺は、比企郡市ノ川村曹洞宗永福寺末で、竜淵山と号した僧大洞存奝により延徳元年(1489)に開基されたという。当社は明治初年に無格社とされた。
境内の石造物で最も古いものは、宝暦10年(1760)銘の稲荷社の石祠で、「願主原市村 半左右門 権兵衛 惣村中」と刻まれている。また、社頭に掛かる鰐口には「文久三癸亥年(1863)三月吉日氏子中 世話人 川田治兵衛 川田弥五郎」の銘が刻まれている。
ちなみに、欅の木はもうありませんでした。

参考 : 『埼玉の神社』

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横稲荷 稲蔵

Author:横稲荷 稲蔵
埼玉を拠点に、やみくもに白山菊理媛を追う男。歴史が苦手なくせに神社ブログを立ち上げる身の程知らず。

 
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