白い参拝記 白山神社 【岡部字大林】

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白山神社 【岡部字大林】

■主祭神 : 菊理媛命・伊弉諾命・伊弉冉命
■創建 : 寛永9年(1632)

旧大里郡岡部町。

JR高崎線『岡部駅』から南東2キロ程の場所。東京成徳大学深谷高等学校西側にあるセブンイレブン脇の路地を南西に1キロほど進み、県道265号と合流するカーブするあたりに鎮座。目印は少ないですが、周辺は漬物工場が沢山あります。岡部は漬物生産数関東一らしいです。併設の「南岡東部集会所」の前に駐車させていただきました。

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神社入り口。

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拝殿

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拝殿の中身を覗いてみる。

当社の鎮まる南岡地区の開拓は、境内にある「郷土開拓発展の誌」と題した石碑に語られている。
当地は、古くから不毛の地であったため、村人は皆その所有を敬遠した。藩主安部氏は、やむを得ず割地をして各村の村人に分け与え耕作を促したが、幾度開拓しても収穫を得られず、ついに断念するに至った。村人は他の村々に出作を行ったものの、生活の困窮は筆舌に尽くしがたいものであった。明治期、東京で化学肥料の製造が開始されるや、当地の人々はこれをいち早く取り入れて利用した。その効果は絶大で、明治40年に入ると飛躍的な耕作面積の拡大を見た。
このように困難を極めた村の開発の歴史の中で、水利不便な台地に住む南岡の人々は、当社を農耕に不可欠な水を司る神として祀ったものであろう。口碑によると、当社は加賀の白山に鎮座する白山比咩神社を勧請したもので、創建は寛永9年(1632)のことである。
更に、宝永2年(1705)にこの地が岡部藩領になると、藩主安部氏は新たに白山神を勧請し、以後毎年御供米を祭典日には村役人を請して謙譲させたという。因みに、安部氏の陣屋は、大字岡部の地内に置かれていた。


参考 : 『埼玉の神社』

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No title

はじめまして。
大変に興味深く拝見させて頂きました。
志木市幸町4丁目(久保)の神仏習合の宗教施設は、私も数回訪問いたしました。富士講・平心講他、土着の信仰を守り通した歴史が在りそうな感じ。加須の白山社、箱田の白山社は訪問しましたが・・・。 明治政府の神仏分離のおかげで本当の由来がわかり辛いですね。

Re: No title

はじめまして、コメントありがとうございます!

なかなか時間が取れず中途半端な状態ですが、久保の観音堂は奥が深そうですね。2社あった白山社についてもっと知りたいですし、いずれはまた足を運びたいと思っています。

神仏分離には苦労させられますね。あれで行方不明になった白山はどれだけあることか・・・。
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横稲荷 稲蔵

Author:横稲荷 稲蔵
埼玉を拠点に、やみくもに白山菊理媛を追う男。歴史が苦手なくせに神社ブログを立ち上げる身の程知らず。

 
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