白い参拝記 春日神社 【小八ッ林字北谷】

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春日神社 【小八ッ林字北谷】

旧大里郡大里町。

JR高崎線『吹上駅』より南西へ4キロ程、国道66号から少し南に入った集落に鎮座。
県道沿いに「熊谷市春日文化センター」という施設があるのでそこを南に向かいます。道が狭いので車での参拝は止めましょう。文化センターの駐車場をお借りすると良いかもしれません。


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道の奥のひっそりとした場所に鎮座していますが、威厳があり、こういう神社は好きです。


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拝殿。木が生い茂っていたので引きの画だと枝に隠れてしまうので微妙な位置から。


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御神体お迎え記念碑。
これによると、平成12年に7月に落雷による火災で社殿・ご神体を焼失してしまったようです。その後社殿を再建し、翌年7月8日に奈良の春日大社から御神体の分霊を受けました。


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境内社。

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向かって左端に白山神社。


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境内社の脇にも白山大権現の石祠。


当社の創建については不明であるが、村の開発者が当地の発展を祈って勧請したものと思われ、その境内には石灯籠等の石造物が、社殿内には延享5年(1748)銘の社号額をはじめとする絵馬、額類が氏子によって多数奉納されており、氏子が長きにわたって当社に寄せてきた信仰の厚さが感じられる。また『風土記稿』に小八ッ林村の頁には、当社について「春日社 村の鎮守とす 末社 天神」とあるほか、村民持ちの白山社・八幡社・第六天社及び稲荷社、大福寺持ちの雷電社、十林寺持ちの頭殿社・稲荷社についての記載があり、当時は村の鎮守として当社を祀るとともに廓(村組)ごとで小祠を祀っていた事が分かる。
当社は明治6年に村社となり、その他の小祠は同41年11月に当社に合祀された。現在も地内には禰宜ノ下(松尾神社および白山社旧社地)・稲荷前・頭殿の家(うち)など、これら小祠にかかわりの深い地名が残っているが、それはかつてこうした小祠の祭祀が氏子の生活の中で重要な位置を占めていたことの現れであろう。


参考:『埼玉の神社』

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横稲荷 稲蔵

Author:横稲荷 稲蔵
埼玉を拠点に、やみくもに白山菊理媛を追う男。歴史が苦手なくせに神社ブログを立ち上げる身の程知らず。

 
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