白い参拝記 野田市

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香取神社 【山崎字北山】

■主祭神 : 経津主命
■創建 : 不詳

東武野田線『梅郷駅』西側300メートル程にある南部小学校敷地内に鎮座。鳥居前に駐車スペースありです。

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小学校の敷地にそこそこ大きな神社とは珍しい感じがします。鳥居の向こうには校舎が見えます。

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鳥居をくぐり、参道ではなく校庭を歩くと神社があります。

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拝殿。

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本殿。本殿の裏はすぐに校舎です。

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末社群。白山神社はどれだか分かりませんでした。合祀記念碑の裏には「大正十三年十一月十三日 梅郷村山崎氏子中」

創建は明かでないが。手水鉢の刻銘に「正徳三癸巳(1713)十一月吉日、願主鈴木仁兵衛」とあり、また「享保十一年秋八月(1726)一品公寛親王の筆になると称する正一位香取大明神の額、奥の院に蔵す」と「東葛飾郡誌」に記するところから、徳川家康から旧山崎村が、城主岡部長盛の封地として賜った後、いくばくもなく宿の住民が奉祀したものであろう。また大正13年に、天神社・八幡神社・八坂神社・熊野神社・稲荷神社・浅間神社・白山神社の7社が同時に合併された。


参考 : 『千葉県神社名鑑』/千葉県神社名鑑刊行委員会編(1987)

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谷吉神社 【谷津】

■主祭神 : 伊弉那美命
■創建 :天明3年(1783)

国道16号から東武野田線『川間駅』方面に300メートル程進むと住宅地の中に鎮座しています。16号沿いの吉野家とステーキ宮の間の信号が目印です。駐車スペースはありません。

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神社入り口。

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鳥居。

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拝殿。

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拝殿から境内を眺める。

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神社の由緒が刻まれた記念碑。
 当地には谷津に白山神社(伊邪那美命)吉春に香取神社(経津主命)を奉し代々氏子の守護神として個人は勿論地域の発展を祈って創祈し今日にいたりました。
爾来両神社とも既に年久しく長い年月を経て漸く荒廃 先に氏子総代会を始め自治会町会開催して再建の方針を堅め氏子に議って昭和二十九年谷津吉春合併の趣旨をふまえ想を発して両神社を併合し社地を谷津千参百拾七番地に置き谷吉神社に改めることに決定 時に昭和五十四年正月斯くて氏子の諸人達浄戝を捧げ その工事を中村材木店に請負せ昭和五十五年一月事を起し同年十二月二十五日工事の完成をみたのてあります。
続いて社地を整え昭和五十六年三月三十二日御神体を御新殿に奉斎
 昭和五十六年四月を撰び鎮座奉祝大祭を斎行 仰いで神徳の弥栄を祈誓いたしました。
 茲に後日の為神社の由来を明らかにし記念碑を建立に及ぶものであります。

 昭和五十六年四月五日 
 谷吉神社  宮司 堀越 明
         氏子一同


参考 : 『千葉県神社名鑑』/千葉県神社名鑑刊行委員会編(1987)


白山神社 【関宿台町】

■主祭神 : 菊理姫命
■創建 : 明和7年(1770)

「西町集会所」脇の白山神社から100メートル西にもう一社の白山神社。
隣接する集落が両方とも白山を信仰しているようです。

至近距離にありながら、先程の白山神社とは打って変わって静かな神社。

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神社全体像。少し小高い場所に鎮座。

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石段を登るとすぐに鳥居。

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拝殿。

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神社名額。

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拝殿から周辺を見渡す。


参考 : 『千葉県神社名鑑』/千葉県神社名鑑刊行委員会編(1987)



白山神社 【関宿台町】

■主祭神 : 菊理姫命
■創建 : 正徳5年(1715)

旧東葛飾郡関宿町。

関宿小学校から南へ500メートル程の場所に鎮座。隣の「西町集会所」の駐車スペースはありますが、狭い路地なので車での参拝には不向きです。集会所には地域の方々が集まっていて賑やかでした。

逆光で撮影しにくい、北東を向いた神社です。

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神社入り口。

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正面から。

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赤く塗られた拝殿。

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拝殿裏に末社。遊具もひっそりとあります。

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拝殿から境内を眺める。

参考 : 『千葉県神社名鑑』/千葉県神社名鑑刊行委員会編(1987)


白山神社 【次木】

旧東葛飾郡関宿町。

流山街道沿い、江戸川に架かる宝珠花橋付近のセブンイレブンから南東へ200メートル程の住宅地に鎮座。

細い路地の間で、民家と民家の隙間に鎮座しているので見つけるのは若干難しいかもしれません。車での参拝は無理です。社殿は小ぶりですが社殿を隠す程の大きなご神木や立派な石碑を見るともともと大きな神社だったのかもしれません。

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神社入り口。

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拝殿。

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白山神社新築記念碑

鎮守白山神社の由緒は記録伝承に乏しくつまびらかではないが往昔加賀白山より御分霊を勧請したものといわれる 加賀白山の御祭神は菊理姫尊(白山比咩大神)伊弉諾尊 伊弉冉尊の三柱である 昔人々にとって恐ろしきは旱魃悪疫であった この災いから免かれるためにただ神々のご加護に頼るほかに術がなかった 「いのち」の親白山比咩大神を加賀白山より勧請し平安を願った所以である 爾来幾星霜 年月の経過と共に社殿の朽損いちじるしく祭事の斉行に支障を来すに至る
昭和五十五年発起人会設立 昭和五十六年常任建設委員選出 ここに氏子三十一戸相議り社殿の新築を決定する
昭和五十九年六月二十四日地鎮祭 同年七月二十二日上棟 同年九月三十日落城 けだし いのちの親神を仰ぎ奉る白山比咩大神は氏子の平安家運隆盛五穀豊穣を護り給う ここに神恩奉賽の誠を捧げ氏子一同のとこしえの弥栄を祈念すべく昭和五十九年十月加賀白山に詣で改めて御分霊を奉戴す

昭和五十九年十一月吉日

相棒
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横稲荷 稲蔵

Author:横稲荷 稲蔵
埼玉を拠点に、やみくもに白山菊理媛を追う男。歴史が苦手なくせに神社ブログを立ち上げる身の程知らず。

 
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