白い参拝記 守谷市

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大柏神社 【大柏】

■主祭神 : 経津主命
■創建 : 安政4年

常磐自動車道「守谷SA」から北東400メートル程のつくばエクスプレスの線路沿いに鎮座。隣接の「大柏生活改善センター」の駐車場をお借りしました。

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神社入り口。

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二の鳥居。

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拝殿。

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末社。

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その中に白山大権現(伊弉冉命)。

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男根を祀った石上大明神。

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この神社周辺は高台になっていて守谷市街を見下ろす事が出来ます。

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神社案内板。

安政4年8月香取大神を奉斎。香取神社と尊称。明治5年8月村社に列し、同43年4月同地内道祖、阿夫利、雷、天満各神社を合併、大柏神社と改称。昭和27年8月11日宗教法人設立。


参考 : 『茨城県神社誌』/茨城県神社誌編纂委員会編(1973)

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羽黒神社 【みずき野5丁目 (旧 小山)】

■主祭神 : 白山姫命
■創建 : 不詳

関東常総線『南守谷駅』から北東に500メートル程、郷州小学校の西側付近に鎮座。駐車場はありません。

羽黒神社ですが祭神はどういう訳か白山姫を祀っています。元は白山神社だったのかどうかは不明です。

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神社入り口。新興住宅地にひっそり鎮座しています。小さい神社ですが周辺の生い茂った森の雰囲気を見ると、もっと大きい神社だったのかもしれません。

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小さい社殿。

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拝殿の中を覗いてみる。

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末社。向かって左が香取大明神、右が大杉大明神。年代は読み取れませんでしたが香取大明神には「小山村 男女 講中 二十九名」、大杉大明神には「下総国相馬郡小山惣村講中」とあります。

wikipedia「小山 (守谷市)」より
当地域は、多くが下総国相馬郡小山村となっていた。古くは守谷郷に属し、古山村と書いたが、土岐内膳正が領主となった1583年(天正10年)に小山村へ改称した[2]。なお、当時は5、6戸の小村であった[2]。また、江戸時代までは当地に羽黒神社が置かれた。羽黒神社は元は小山村の名主の屋敷神であったが、村が出来て間も無かった辰新田村(現在は本町の一部)に鎮守社がなく、神社を辰新田村に移し、小山村と共同の鎮守社となったと伝えられる[3]。「旧高旧領取調帳」によると、幕末には田安領で、49石4斗4升であった[4]。


江戸時代の創建。明治6年5月1日村社に列格。同42年炎上。昭和25年5月再建。同27年8月11日宗教法人設立。


参考 : 『茨城県神社誌』/茨城県神社誌編纂委員会編(1973)

権現神社 【立沢字向地】

守谷市役所から西へ常磐自動車道を超え、北西へ400メートルほどの集落に鎮座。立沢と言う場所はニュータウン化で「御所ケ丘」や「久保が丘」等の地名になっていますが、立沢の名前の残るこのあたりはまだ昔からの風景を残しています。北西200メートル程の位置にある「立沢生活改善センター」に駐車させて頂き参拝。

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神社全体像。

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拝殿。小ぶりだけれど奇麗に整備された神社。

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拝殿の中を覗く。神社名は”権現神社”となっていますが拝殿の中の額には白山大権現の名を確認できます。

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拝殿から境内を見渡す。


白山神社 【百合ヶ丘2丁目字清水】

関東常総鉄道『守谷駅』から西へ700メートル程の住宅地、守谷市上下水道事務所隣に鎮座。

ニュータウン化で百合ヶ丘という洒落た名前がついていますが、元々清水という地区でした。
道は非常に狭いので車ので参拝はお勧めできません。地区の東側に守谷中央公民館があるのでそこに停めさせてもらいましょう。

隣接する「清水コミュニティーセンター」と言う集会所の看板が目印です。
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神社全体像。全体的に小規模ですがとても奇麗に整備されています。信仰の厚さを感じます。

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拝殿。

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神社名額。

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拝殿の中を覗いてみる。

白山神社 【板戸井 (東板戸井)】

板戸井は鬼怒川で東西に別れていて、ここは東側、東板戸井という名の地区。江戸時代に人工的に川の流れを変えた為に東西に別れてしまったそう。白山神社は守谷高校の東側の住宅地の陰に鎮座。

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今にも忘れ去られそうな佇まい。小さく、かなり寂れています。

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近くから覗いてみる。

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神社から南側は窪地になっていて、元々は地区の高台に鎮座するような形だったのかもしれません。


■ おまけ ■
神社から西に1キロ、利根川と鬼怒川の合流地点の逆三角地帯、「大木流作」と呼ばれる旧満州引揚者村。県道58号沿いの入口に鎮座する香取神社から合流地点まで約2.5キロの距離があります。そこをひたすら自転車で南下しました。

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牧場と田んぼだけが広がり、夕暮れ時刻の為、人の気配がせず静かでした。時折、牛の鳴き声が聞こえる位です。

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現在、水害が懸念される為に住民は周辺に移住し、人は住んでいません。牧場は戦後、この地に入植した満州からの引揚者で結成された大八洲開拓団が開拓、経営をしています。

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土手の終了地点。

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ギリギリまで合流地点に近づきます。向かって左が鬼怒川、右が利根川。写真では伝わりにくいですが”水が迫る”感じで迫力があります。大雨の時は凄まじい光景が見られる事でしょう。下流に常磐自動車道が走る利根川橋とTXの鉄橋が見えます。

因みにこの地点で自転車のタイヤがパンクし、日が暮れて真っ暗な中、泣きそうになりながら2.5キロの道のりを自転車を押して帰りました。人気も明かりも無く、この時は8月でしたが寒さすら感じました。ちょっとトラウマ・・・。

相棒
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プロフィール

横稲荷 稲蔵

Author:横稲荷 稲蔵
埼玉を拠点に、やみくもに白山菊理媛を追う男。歴史が苦手なくせに神社ブログを立ち上げる身の程知らず。

 
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