白い参拝記 鎌倉市

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白山神社 【稲村ガ崎1丁目】

国道134号線「稲村ケ崎公園前」交差点、「稲村ケ崎温泉」脇の路地を北に向かい、250メートル程で東に曲がり道なりに行くと突き当たりに鎮座しています。地図を片手に行かないとたどり着けないかもしれません。交差点付近にコインパーキングありです。

眺めの良い湘南の海とは裏腹にひとたび路地を入ると寂しい感じの住宅地になります。ただ、どの家も一目でおしゃれなサーファーが住んでいると分かる家が多いです。

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突き当たりの雑草が生い茂る石段を登ると小さな社殿。今にも忘れ去られそうな雰囲気です。

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拝殿。境内が狭い為、微妙な角度から。

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拝殿の中を覗いてみる。仏像らしき写真が飾られています。白山妙理大権現でしょうか。

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拝殿から下を眺める。

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神社前には「鎌倉市歴史的風土保存区域」と言う標識。”国土交通大臣は、古都における歴史的風土を保存するため必要な土地の区域を、歴史的風土保存区域として指定します。”との事。

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白山神社 【今泉3丁目】

■主祭神 : 菊理姫之命
■創建 : 不詳

今泉小学校から東へ400メートル程の位置に鎮座。「白山神社前」という分かりやすい交差点があります。ただし、近隣に駐車場はまったくありません。大船駅からバスで行った方が賢明かも。駅近くのパーキングから自転車は結構大変でした。


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神社名碑。今泉寺の方がメインのようですが神社の方が立派です。

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神社入り口。

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拝殿。

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境内社・子安神社。

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拝殿から境内を見渡す。

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参道脇にひっそりと建つ今泉寺。

もともと毘沙門堂と称し村の鎮守であった。建久2年(1191)源頼朝の建立と伝える。『相模風土記稿』には頼朝上洛の際、鞍馬寺に詣で、行基が楠樹で作ったと伝える毘沙門像一軀を請得て鎌倉に帰り、此地に勧請すと記されている。
その後暫く荒廃していたが、享禄5年(1532)9月に再建した事が棟札の写により明らかである。又、元禄9年(1696)、宝永年中(1704-1711)にも再建があり、安永3年(1774)10月、慶応2年(1866)正月の毘沙門堂屋根葺替の銘札もある。
末社に弁天社と白山社があった事が、『相模風土記』に見える。
明治維新以来白山社と称し村の氏神となる。麓に今泉寺(廃寺)があり、別当寺であった。今泉区の氏神社。参道入り口に「くむ酒はこれ風流のまなこなり月を見るにも花を見るにも 酔亀亭天広丸」の狂歌碑がある。


現在でも氏子から”毘沙門さま”と呼ばれる白山社。本来は毘沙門堂として信仰を集めていたけれど、神仏分離でたまたま(と言っては語弊があるけど)末社で白山社があってそれを氏神として祀ったという事でしょうか。今までに出会った事無い珍しいパターンですね。いずれにしても頼朝や行基が関わっている由緒正しい神社。

参考: 『神奈川県神社誌』/神奈川県神社庁

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プロフィール

横稲荷 稲蔵

Author:横稲荷 稲蔵
埼玉を拠点に、やみくもに白山菊理媛を追う男。歴史が苦手なくせに神社ブログを立ち上げる身の程知らず。

 
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