白い参拝記 児玉郡上里町

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石神社 【神保原 (旧 石神字北長塚】

■主祭神 : 高皇産霊神・神皇産霊神
■創建 : 不詳

国道17号「神保原」交差点を北東に300メートル程進むと神保原小学校前に鎮座。神社隣にある「上里町立隣保館」に駐車させて頂き参拝。

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神社入り口。

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鳥居の神社名碑には『日本惣社石神社』と刻まれています。

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拝殿。

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石仏のような物が2体納められていますがこれは養善寺の薬師堂であった境内社の磯崎社のようです。

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境内社、富士浅間神社。

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境内社、八坂神社。このうちどれかが白山社のようですが名無しの為どれだか分りません。

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拝殿から境内を眺める。

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神社案内板。

当地は中世の石神郷と考えられる。『風土記稿』では、烏川から引き揚げた石剣(石棒)を祀って鎮守としたことによる地名と伝える。
全国の石神の総社とされ、日本総社石神大明神と称す。主祭神は高皇産霊神・神皇産霊神であり、大己貴命・少彦名命が合祀されている。
元弘3年(1333)に新田義貞が上州より鎌倉に攻め上る際、戦勝を祈願し、以来この鎮守の森を「勝の森」と称するようになったという。また天正10年(1582)に北条氏邦・氏直と滝川一益が戦った神流川合戦の際、氏直が参拝して戦勝祈願したとも伝えられる。
社殿は元禄16年(1703)9月に再建、昭和2年9月拝殿改築、幣殿新築された。昭和38年11月、不審火により社殿をぜんしょうしたが、神体の石棒は難を逃れた。社殿は昭和54年に再建された。

境内社は八坂神社・磯崎社・勝盛神社・富士浅間神社で、八坂神社には境内社の白鳥明神社・天王社及び村内の天王社一社・稲荷社三社・白山社一社が合祀されている。磯崎社は石体二座の背面に嘉応元年(1169)7月銘があり、元来養善寺の薬師堂で、神仏分離の際に当号に改称した。勝盛神社は明治40年8月に字柿ノ木の三社神社・字中浦の琴平神社を合祀し、勝の森にちなんで勝盛神社とし、天手長雄社(あめのたながお)・稲荷社・琴平社を祀っている。富士浅間神社は明治40年8月に字東台に祀られていた社を境内社として移転したものである。


参考 : 『埼玉の神社』

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七本木神社 【七本木字本郷上】

■主祭神 : 誉田別尊
■創建 : 不詳

県道22号から「上里町立七本木小学校」を目指すとすぐに鎮座しています。隣接する「七本木児童館」の駐車場をお借りして参拝。

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神社入り口。境内は公園になっていて子供たちが遊んでいました。

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拝殿。

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境内にある庚申塚。頂には猿田彦が祀られています。

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七つの社が合祀されている社殿。

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だいぶ埃を被っていますがズラリと本殿が並んでいます。

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末社。

創建については、(七本木を開発した)金井家の火災により古文書を失い不詳であるが、邸内社として祀っていた八幡社が村の鎮守となったものである。
『明細帳』によると、明治42年に、榛名大神社・愛宕神社・白岩神社・稲荷神社二社・八幡神社二社を合祀して、社名を七本木神社と改めたものである。現在、境内の一角に合祀となった七社の旧本殿が建物に納められており、いずれも古色蒼然とした立派な造りのものである。

上里町の菅原神社公式サイト内に合祀された七社のそれぞれの境内社まで詳細に載っています。これを見ると白山神社は字三軒の八幡神社の境内社として合祀されている事が分かります。

参考 : 『埼玉の神社』・『菅原神社のホームページ

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横稲荷 稲蔵

Author:横稲荷 稲蔵
埼玉を拠点に、やみくもに白山菊理媛を追う男。歴史が苦手なくせに神社ブログを立ち上げる身の程知らず。

 
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