白い参拝記 春日部市

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谷原新田香取神社 【大沼7丁目 (旧谷原新田)】

東武伊勢崎線『春日部駅』から南へ1.5キロ程の位置に鎮座。春日部共栄高校の東側300メートル程の位置となります。近隣の大沼運動公園の駐車スペースを借りました。

残念ながら2010年10月末に春日部や越谷、杉戸などで起きた、さい銭泥棒による連続放火事件によって全焼してしまいました。(参拝時は2010年11月初旬)

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神社全体像。

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焼け焦げた拝殿。事件から10日ほどしか経っていなかったので焦げた匂いが漂っています。

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辛うじて姿を残している本殿。

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末社の天神と白山権現。詳細は不詳。

普通の日本人なら神社は神が宿る大切なモノと刷り込まれているはずですが、さい銭泥棒はまだしも火を放つとはまともな神経の持ち主とは思えません。犯人は捕まりましたが、かなり怒りを感じずにはいられませんでした。再建の暁にはまた参拝しに来たいと思います。

当社は、東谷原新田の鎮守として祀られてきた社で、『風土記稿』東谷原新田の頁に「香取社 村の鎮守、浄法庵の持」と載る。この浄法庵は当社の真北に隣接する村の共同墓地にある堂のことで、延宝6年(1678)の造設であるという。したがって、当社が創建されたのも、それとほぼ同じころと思われる。神仏分離の後、浄法庵の管理を離れた当社は明治6年に村社になり、廃寺になった浄法庵は村の集会所に転用され、現在に至っている。


参考 : 『埼玉の神社』

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白山神社 【樋堀字前川原】

■主祭神 : 伊弉諾命
■創建 : 不詳

国道4号「八丁目」交差点の東側にある幸松小学校のさらに東側、旧倉松川を渡った住宅地に鎮座。駐車場はないので川沿いの公園前に停めさせてもらい素早く参拝。

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神社全景。

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拝殿。

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境内社。どちらかが稲荷神社でもう一つは不明。

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南東200メートル程、別当の正福寺の跡地にある樋堀大師。弘法大師の像があります。

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案内板に樋堀大師は西新井大師、川崎大師と並んで関東三大師と書かれています。その割にはちょっと小ぶりな大師堂。関東三大師のもう一つは佐野厄除け大師だと思ってました。他にも喜多院も三大師だったような・・・。

当社は、この樋堀の村の鎮守として祀られており、『風土記稿』樋堀村の頁には「白山社 村の鎮守なり 正福寺持」とある。その創建の年代は明らかではないが、口碑によれば、当社はもともと正福寺の境内に鎮座していたが、神仏分離の際に氏子一同で本殿を担いで現在の地に運んできたという。新たな社地の選定理由は明らかでない。その本殿は90センチメートル四方の神輿形のものであったという。
往時の別当であった真言宗正福寺は、粕壁宿最勝院の末寺で、白雲山と号していたが、創建については明らかでない。神仏分離時には既に無住で、廃寺となった。その跡地は、当社の南東200メートルほどの所で、現在は樋堀地区集会所と大師堂が建てられており、大師堂内には正福寺の本尊であったと思われる阿弥陀如来像も安置されている。


参考 : 『埼玉の神社』


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横稲荷 稲蔵

Author:横稲荷 稲蔵
埼玉を拠点に、やみくもに白山菊理媛を追う男。歴史が苦手なくせに神社ブログを立ち上げる身の程知らず。

 
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