白い参拝記 ■東京都【多摩】

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白山神社 【大久野字新井】

■主祭神 : 伊弉諾之命 菊理比売命 大己貴命
■創建 :天長元年(824)

県道31号(秋川街道)沿いにある大久野小学校から東に300メートル程の距離にある山道を登ると鎮座しています。鳥居脇に駐車が出来そうです。
車で行けるルートがあるとは知らず、ここから900メートル北西に行ったもう一つの入り口から参拝。ここは車での進入は不可能で山道を15分程登る必要があります。本来はこちら本来の参道のようですが山登りが趣味で無い限りオススメできません。足が途中でガタガタになります(笑

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神社入り口の案内。

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入口を少し行くと鳥居が見えてきます。

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石段を登ります。登っても登っても拝殿は見えてみません。

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ひたすら登る。普段運動不足なのに駆け上がっていた為、途中で膝が笑い始める。

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途中何度も引き返そうかと思いながら登るとようやく本当に入口が見えてきて一安心。しかも脇に民家があり、舗装された道があって車で来れる事を知り、ショックを受けるw

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平成19年5月に再建された新しい拝殿。

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境内社。

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再建記念碑に刻まれた由緒。一部引用。
当社は天長元年(西暦824年)加賀の国白山比咩大神の分神として菊理姫命を本座として伊弉諾尊大己貴命の二座を配祀している
現在の本殿は嘉永3年(1850年)の造営にて昭和50年保護維持の為本殿覆屋を建設した 拝殿は明治時代の建築にて既に百有余年が過ぎ老朽化が進み憂慮されるに至りここに幣殿拝殿建替を氏子崇敬者多くの方々の厚いご支援をいただき又携わる工匠の方達の誠意あふれる精進をいただき立派に完成した


『風土記稿』大久野村より。
白山社 除地六段二畝二十五歩 新井にあり 本社は六尺四方 まへに拝殿あり 祭神菊理姫命は木の坐像にて 長三寸あまり 伊弉諾命 大己貴命二座を祀す 本地十一面観音の像を鋳出したる銅鏡一枚を置く
(中略)
薬師堂 新井の内東谷戸にあり
 
最初の写真の入口近くに「新井薬師」という薬師堂があるのですが、帰りに寄ろうと思っていたけれど疲れて忘れてしまいました・・・。

参考 :
『新編武蔵風土記稿』
東京神社庁Webサイト


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白山神社 【戸倉字坂下】

■主祭神 :白山比咩命
■創建 : 応永元年(1394)


旧西多摩郡五日市町

戸倉運動場の県道7号(檜原海道)を挟んだまさに地名通りの向かい側の坂を下った場所に鎮座。駐車する場所が無かったので近くのキャンプ場の観光地価格な駐車場を利用・・・・。すぎの子保育園の真裏にあたります。

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神社入り口。

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拝殿。

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神社名額。

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拝殿の中を覗いてみる。

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境内社、八雲神社。

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拝殿から境内を眺める。

『風土記稿』戸倉村より。
白山社 社地三十五歩 年貢地なり 坂下一森の中にあり 坂下農民等が持ちにて産神とせり 鎮座の年代を詳らかにせず 神体は白幣なり 社は東向きにて覆屋あり 例祭年々十一月十五日


あきる野市Webサイトにも由緒があったので引用。
「社伝によれば応永元(1394)年11月加賀国白山権現の分霊を勧請したもので、長禄3(1459)年戸倉城主小宮上野介憲明が社殿を再建した。また、天正年間(1573~92)には木住野大炊助が社殿を再建している。祭神は白山比咩命。」

手水鉢にも刻まれていた「木住野」という姓が読めないので調べてみると”きしの”と読み、やはりあきる野市に多い苗字のようです。

参考 :
『新編武蔵風土記稿』
あきる野市Webサイト「あきる野市神社一覧」

上根神社 【下小山田町】

■主祭神 :宇津姫命 金山彦命 白山姫命 表筒男命 中筒男命 底筒男命 息長帯姫命 猿田彦命
■創建 : 昭和40年(1965)

「かさね」神社と読むそうです。
下小山田町白山神社の西にある小山田緑地を挟んだ西側500メートル程の場所に鎮座。大泉寺の入口にあたります。大泉寺の駐車所をお借りし、参拝。

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神社入り口。2004年にこの地に建てられた為、奇麗で新しい神社です。

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鳥居。

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拝殿。

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末社。

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拝殿から境内を眺める。

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神社移設記念碑。

碑を引用します。
由緒

 下小山田後に古くより、堀ノ内(小山田城址内)に宇都社[万治3年(1660年)3月創建、小川家、清水家、中丸家の守り神]と天王社(悪疫退散・五穀豊穣)、山ノ端に古金社[天和2年(1682年)9月創建、薄井家の守り神]、南沢に白山社[享保4年(1719年)9月創建、小沢家の守り神]、山谷台に住吉明神[嘉永3年(1850年)創建、中丸家、臼井家の守り神]があった。
 第二次世界大戦後の昭和25年(1950年)5月14日に5社が合祀され、地名を冠した「上根神社」が小山田城址内の南山中に創建されたのは、昭和40年(1965年)5月28日である。

 以後、上根地域の鎮守として広く尊信されてきたが、宗教行事が神社境内だけで、遂行できない等の事由により移設用地を検討したところ、大泉寺と等積交換(事前に境内用地を80坪購入して277坪にした)することが合意に達し、氏子の賛同を得て移設にとりかかり、平成16年(2004年)12月18日に、氏子一同相計りて此の地に移築し、荘厳な社殿を再建して恙なく遷座式が執り行われた。
この移設に際して、氏子一同一丸となって英知を結集し、また先代からの資金の蓄積と大勢の方からの奉納により、本社殿及び社務所・神楽殿が、平成17年(2005年)3月吉日に落城した。この歴史を後世に伝承するために本記念碑の建立となった。

肝心の白山社があった「南沢」がどこにあるか良く分かりません。菊池山哉も「忠生村南澤」の鎮守である白山神社の存在を記載していますが、地図を眺めても南沢と名の付いたものは見つかりませんでした・・・。次回町田に行った時は図書館で調べないといけませんね。


白山神社 【下小山田町】

日大三高から北へ400メートル程、小山田緑地の東側に鎮座。入口脇のスペースに駐車させて頂き参拝。

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神社入り口。

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一の鳥居。

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鳥居の脇に末社。

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石段を登ると二の鳥居。

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拝殿。

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境内から下を見下ろす。

『風土記稿』下小山田村より。
白山社 社地無年貢地 畝数不詳 字大澤にあり その邊の鎮守なり 勧請の年代詳らかならず 神體は白幣にて 本地十一面観音木の立像なり 長一尺八寸ばかり 満蔵寺持


参考 : 『新編武蔵風土記稿』

白山神社 【相原町】

JR横浜線『相原駅』から南東へ300メートル程、町田街道沿いの堺小学校の西側、境川沿いに鎮座。近くの堺市民センターの駐車場を利用しました。境川を渡ると相模原市になります。武蔵国と相模国の国境に鎮座する白山神社です。もっとも、時代によって神奈川県になっている事もある為か、奉納板を見ると氏子の多くは相模原の住人のようでした。

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神社全体像。鳥居、並びに神社名碑は平成24年3月の真新しいものです。

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拝殿。

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拝殿の中を覗いてみる。

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3月まで立っていた鳥居が参道脇に置かれています。

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古い鳥居の説明書き。


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横稲荷 稲蔵

Author:横稲荷 稲蔵
埼玉を拠点に、やみくもに白山菊理媛を追う男。歴史が苦手なくせに神社ブログを立ち上げる身の程知らず。

 
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